• Essay #1-4 デュエイン・オールマンの追憶4(最終節)

    Posted on 11月 19, 2012 by in Essay&Column

     

    デュエイン・オールマンがねむる「ローズ・ヒル・セメタリー」は広大だった。

    ゲートでも、デュエインのお墓の位置を記した印刷物をくれた。にもかかわらず。私は道に迷ってしまい、どんどんあらぬ方へ行ってしまった――。 ほとんど確信的にこりゃダメだと観念し、折よくお墓参りしていた父子に道を尋ねた。

    「ぜんぜん違うところに来ているよ。デュエインの墓は反対側だ」

    ジーンズにTシャツの、白人のお父さんが教えてくれる。年齢は当時の私とおっつかっつ、30代半ばだったろう。この日、白人をみたのはホテルのスタッフ以来2人目だ。

    で、彼の脇には小学1年生くらいの男の子がぴったりとくっついている。しかも、彼の視線が痛い、痛い。

    男の子は眼を皿のようにし、ついでに口を半開きにして私を見つめている。驚愕、を表情にしてみろ、というとこんな具合になるだろう。 私は、自分の顔に穴があくかもしれないと思った、いや冗談ではなく。

    おそらく、彼の「人生」において、白や黒でなく、黄色い人間を見たのは私が初めてだったんじゃないだろうか。しかも、その黄色いのが、自分よりも下手クソな英語でパパと話している! びっくりしたし、珍しいし、なんだ、こいつは! って感じだったんだろうなあ……。

    その後、私は多少の紆余曲折があったものの、デュエインとオークレーの、二つ並んだ墓前にたどりつくことができた。

    白い墓石に刻まれたレス・ポールギターをみて、さすがに私も悄然となった。 ベリーの墓石にはベースギターが彫ってある(えっとフェンダーのブレジョンだったと思う)

    ただ、観光名所というわりには、墓のまわりの手入れはほとんどなされていなかった。今となっては記憶があいまいだが、花も手向けられてはいなかったはずだ。あるいはデュエインの命日まで、まだ2か月ほどあるわけで、その日には草もきちんと刈り取られ、花束が墓石を埋めているのだろう。そう思いたい。

    デュエインの葬儀の際には、相棒ギタリストのディッキー・ベッツが名曲「エリザベス・リードの追憶」をつま弾いたという。

    私も用意のウオークマンをとりだし、おもむろにカセットテープを入れ、『フィルモアイーストライブ』バージョンのこの曲を聴いた。いささか予定調和かつミエミエではあるが、やはり涙が下のまぶたに盛りあがってくる。酒蔵におもむき、タンクからほとばしる純米吟醸酒を呑むときのような、過剰な反応であった。

    そして、草むらにひそむメイコンの蚊が、激しくむき出しの腕や頬を刺した。感動しつつ、私は大きく腕を振ってうるさい虫を追い払った。

    最後にもう一回、しっかりとデュエインの白亜の墓石を眼に焼き付け、私は墓地を去った――のだが、いったいぜんたい、どういう方向感覚をしているのか、再び道に迷った。 しかも、誰にも出逢わぬ。

    出口を求めてさまよう私は、ようやく向こうから人がやってくるのを見つけた。

    ほかならぬあの少年だった。 地獄に仏とはこのことだ。私はフルボリュームの笑顔を浮かべて、「今日、彼の人生の中で最大の発見というべき黄色い男をみた!」少年に手を振った。彼はやはり怪訝そうな表情をつくりつつも、後ろから小走りできた、彼の父親に大声で呼ばわってくれた。

    「ダディ、さっきの男の人がまた、あそこに!」

    やってきた父親は、さすがに笑いがこられられないようだった。

    「ちゃんとデュエインの墓にはいけたのかい? そりゃよかった。でも、この道をいっても出口にはたどりつかないよ」

    自己嫌悪にげんなりしている私が、あまりに哀れだったに違いない。彼は親切にもピックアップトラックで私をホテルに送ってくれた。 父親の名はジョージ、息子はフレディといった。フレディは7歳で将来はパイロットになりたいと、恥ずかしそうに話してくれた。

    「エリザベスリードの追憶」を耳にすると、敬愛するギタリストが眠る地に立った感動と一緒に、メイコンでの何ともこっぱずかしい気持ち、それにジョージとフレディーの素朴な顔とやさしさが、じんわりとうかんでくる。

     

     

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