• Essay #1-2 デュエイン・オールマンの追憶2

    Posted on 11月 19, 2012 by in Essay&Column

     

    ホテルにつき、荷物を解いてまずホテルのスタッフに訊いたのがこれだった。

    「デュアン・オールマンの墓にお参りしたい! 道順を教えて!」

    ところが全然通じない。 冷や汗を流しながら、なんども「デュアン」を連呼するも事態は収束とはほど遠い。なんとか筆談に持ち込んだら、ようやくスタッフも納得してくれた。

    「DUANE! なんだ、デュエインの墓のことが知りたいのか!」

    DUANE ALLMANはオールマン・ブラザーズ・バンドのリーダーであり、リードギタリストだ。

    1946年11月20日に生まれ、71年10月29日にオートバイ事故で逝ってしまった。享年26。

    ブルーズに根差したプレイ、ことにスライドギターのセンスと腕前は現在も高く評価されている。

    ちょっと前(正確な年は失念)にローリングストーン誌だったか(これもウロ覚え)の「歴史上最も重要な(というような感じのタイトルだったが、明確に記憶していない)エレクトリックギタリスト」投票で、ジミ・ヘンドリックスに次ぎ堂々2位にランクされた。私はそれを知って、深くうなずいた。1位も2位も正解!

    DUANEは「レイラ」があまりに有名なデレク&ザ・ドミノスのファーストアルバムでも、クラブトンと渡り合ってスリリングかつエモーショナルなプレイを披露してくれている。「レイラ」のイントロのフレーズ、あれはDUANEのアイディアだ。この曲では彼のスライドギターもよく泣いている。

    それから同じアルバルの「リトルウイング」のリードのフレーズも、哀切で胸がかきむしられる。私にとって、彼の最高のギター名演はこの曲ということで納得&得心している。他にも同率1位の曲があるのだが、この話はまた別の機会に。

    どうです、DUANEはなかなかのモンでしょ。エッヘン。

    その彼が活動の拠点にしたのがメイコンなのだ。所属レーベルのカプリコーンレコードがこの町にあった。

    私は彼のことを1974年、中学2年の時に初めてレコードで知った。初手から〝ひと聴き惚れ〟し、以来ずっと思慕と敬愛はかわることがない。だけど、最初の出会いから、もう彼はこの世の人ではなかった。

    交通事故死したのもまた、メイコンだった。

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