• Essay#2 幼い兄妹

    Posted on 2月 3, 2013 by in Essay&Column

     

     

     

    立春が近いというのに、プラットフォームに吹く風は冷たい。

    私は両手をポケットに入れ、「人生無常なり」という面持ちで電車を待っていた。

    と、小学2年生くらいの男の子が前にちょこちょこっと出てきた。続いて、幼稚園の年長さんほどの女の子が――この子はすっと腕を伸ばして男の子の手をつかむ。兄妹なのだろう。お兄ちゃんは心得たとばかりに、しっかりと妹の小さな手を握ってあげた。ふたりの、手袋をしていない手はまっ白だった。

    お兄ちゃんは妹をのぞきこむ。

    「もうすぐ電車が来るからね。ほら、この線から前へ出ちゃいけないんだ」

    妹は小さくうなずいてから、小さなくしゃみをした。お兄ちゃんはあわてて、空いている手でフリースのポケットをまさぐりティッシュをだす。妹は眉をひそめながら鼻をかんだ。お兄ちゃんがそれを受けとり、ティッシュと一緒にポケットにしまう。

    私は、子どもが苦手だ。赤ん坊から高校生くらいの少年少女まで、たいてい好かん。

    ついでにボージャクブジン、偉そうなの、美人と勘違いしているオンナ、株とか投資とかに血眼なヤツ、したり顔で説教たれる手合いにはムシズがはしる。

    話もどって――好き嫌いはともかく、割り込みはいかん。しからば、注意を促すか。

    「ウォッ、ウンッ」

    聞こえよがしに空咳をうった。お兄ちゃんが振りかえる。だが彼の目線は、私ではなく、肩を越した向こうへ送られた。たちまちお兄ちゃんがうなだれる。妹はしょげる兄を心配そうに見やってから、やはり私の背後へ眼をやった。

    ハハン、親御さんだな。

    しかし、二人が列をただす間もなく各駅停車の到来がアナウンスされる。お兄ちゃんは上目づかいに私を窺いながら、妹の手をとったまま乗り込んだ。

     

    午後三時の電車は空いている。

    親子は私の前のシートに座った。父母は三十歳を少し過ぎたあたりか。質素だが、こざっぱりとした服装の一家だ。

    幼い兄と妹はきちんと靴を脱いで揃え、並んで窓の外を眺めている。母親がびっくりするくらいゆっくりとした口調でいった。しかも、少し舌がもつれ気味だった。

    「電車の、並ぶ、順番は、ちゃんと、守らなきゃ」

    お兄ちゃんは「うん」とこたえながら、バツが悪そうに私を盗み見る。父親が私に会釈する。私も小さな礼を返した。

    このとき、彼が補聴器をつけているのに気づいた。そればかりか、妻の耳にも補聴器が――。やがて、夫婦は子どもたちを挟み、手を使って「会話」をはじめた。私は虚を衝かれ、低く唸った。

    彼らにとって結婚と出産は、尋常でない決意が必要だったろう。生まれ出た二人の子が健常者であった喜びは、何よりも大きかったのではあるまいか。それでも、夫婦の子育てには、苦労や戸惑いがこれでもかと押し寄せているに違いない。

    だが、兄妹の仲のよさ、信頼の綱の太く丈夫なこと、心根の素直さは心をあたたかくしてくれる。屈託がないのもすばらしい。

    ご両親は、本当にうまく子どもを育ててらっしゃる。私は素直に感動した。

     

    降りる駅が近づき、私が準備をはじめると、お母さんがお兄ちゃんの肩をつついた。

    お兄ちゃんは私の前にきた。妹が、また心配そうに兄を見送る。

    「さっきは、ごめんなさい」

    ペコリと頭をさげてくれた。

    「そんな、いいって、いいって」

    私はそそくさと降りた。

    ホームに立つ。午後の穏やかな光が、去っていく列車をスポットライトのように照らしている。

    私はあわててハンカチを取りだし、さもゴミが入ったふうを装って瞼にあてた。

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