• Essay#7 母と俳句

    Posted on 6月 12, 2013 by in Essay&Column

     

    久しぶりに大阪へかえったら、母が原稿用紙を差しだした。

    彼女はおだやかな顔つきをしている。

    自信満々で鼻息があらいわけではないし、頼りなく情けない出来ということでもなさそうだ。

    「数だけはぎょうさんつくってるんやけど、まあこんなもんかいな――ちゅうところやわ」

    ここ数年、母は俳句をひねっている。

    中学から大学までずっと一緒、しかもクラスや学部、学科、ゼミまでずっとずっと同じだった大親友に誘われての、齢七十歳をこしてからの句作であった。

    母は友人に誘われるまま『大楠』という、調布市に本拠をおく結社の同人となった。京都女子大時代の、もうひとりの友人も早くからメンバーらしい。三人娘が久しぶりに揃い踏みや、と臆面もなくいった。

    「文字で風景をスケッチするのは、絵筆みたいにはいかへんわ」

    「………………」

    正直いって、母の句を詠むのが怖かった。私は隠しごとのできないタチで、想いがそのまま表情にでてしまう。ロクでもない出来だったら――不治といっていい病を背負い、身体のあちこちに痛みを抱える母の最晩年の趣味を貶すのは、さすがに心もとない。

    それに、私は詩作の才に恵まれていない。

    文章で生計をたててはいるが、まぎれもなく散文の人間だ。ありったけのリリシズムを総動員してもケッサクを見抜けないかもしれない。添削をこわれても、そんなことは無理なのだ。

    「詩人とちゃうからなあ。ウタゴコロちゅうのがないもんなあ。諳んじてるのが、志貴皇子の歌くらいちゅうレベルやからなあ」

    私はあれこれと弁明を繰り出す。シッポがあれば、股間にはさんでキャインキャインと吼えているところだ。

    それでも最近すっかり板についてきた、メガネをずらす大人の所作で母の句をよむ。

     

    黒揚羽 招くが如く 前うしろ

     

    雲走り ひなげし風に 相寄りぬ

     

    貴妃に似て 妖艶なりや 八重桜

     

    「どない?」

    母が私を覗きこむ。

    「………………」

    門外漢の私だけれど、シーンが立ちあがってきた。しかも情景描写だけでなく、何やら作者の創作の思惑が見え隠れする。叙景と抒情のあやういラインを、冒頭の句の蝶のごとく、ひらひらと舞っているといえば、少しほめすぎか。俳句のテクニックやら意趣にうといくせ、えらそうなことをいって恐縮なのだか。

    ただ、現代俳句というジャンル名でいいのだろうか、『サラダ記念日』で広まった作風と母の句はまったく違う。古色蒼然としている。きょうびの女子高生なら、もっとアヴァンギャルド(今どき、なんちゅう表現!)なのをつくるだろう。

    だが、母は別に気にとめていないようだ。

    「大楠の俳風は正統派やねん。草田男の流派や。それに叙景やろ、叙景。無理にデッサンの線を破綻させたら、なにを描こうとしてるかわからんようになってしまうやん」

    「ほな、句作のために、けっこうマメにスケッチへいってるんかいな」

    「犬をおともに、あっちゃこっちゃへ。そういう眼で見たら、世の中には自然の営みちゅうもんがぎょうさんあるんよ」

    俳句にせよ小説にせよルポにせよ、作者ならではの視線を配り、眼の前の出来事に対する想いをどう言葉に昇華させるかは、まさに孤独な作業だ。

    北杜夫さんは、父・斎藤茂吉が花の前に何時間も佇んで作歌をする様子を描いてらっしゃる。それは決して優美でも典雅でもなく、まさに苦吟、そばにいて胃が痛くなるような苦闘だった――。

    詩に描かれた世界のどれが実際の風景で、どこが虚構かと探ってばかりいるのは愚の骨頂といえよう。

     

    贈られし 広島の牡蠣 いのちのぶ

     

    「これって秋に送った、あの牡蠣のこと?」

    「そうそう」

    「あないなもんも句にするんや」

    母はふふふ、と小鼻に皺をよせて笑った。

     

    うぐいすと 共に謡うや 熊野(ゆや)の曲

     

    巣立ちせり 樟の下蔭 雀の子

     

    母は独り暮らしをつづけている。

    ここ数年、年中行事のように手術をうけ、そのたびにげっそりとしながらも生を延ばしてきた。彼女を句の世界に誘い、いつも励ましてくれていた親友は、母より先にガンで逝ってしまった。母の視線が、生命を満喫する鳥や草木に何を感じ、いかなことを託しているかに想いがいく。

    さすがの私も粛然とした。

    その後、母は精進を重ねたようだ。

    同人誌の主宰者から、再三、特別な寄稿を求められ、武者修行のつもりか産経新聞をはじめ投稿歌壇に挑んで選に入ったりしている。

    「図書カードを送ってくれはったから、あんたにあげるわ。ええ小説読んで、ええ小説をたんと書きなはれ」

    喜寿近い母から、アラフィフの息子が賞品をおすそ分けしてもらっているわけだ。

    春――私の誕生日には、大阪からこんなハガキがきた。

     

    夜桜や 徳久利酒買う 豆狸(まめだ)かな

     

    酒好きで、ややもすれば酒精に溺れてしまう息子は、彼女にとって、いつまでも仔ダヌキのままなのであろう。

    貧乏作家を地でいく私ではあるが、早くベストセラーを出し、母の句集くらいは編んでやらねばと思う。

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