• 北斎と歌麿、蕪村に若冲。そして春町、政演。

    Posted on 11月 25, 2015 by in Essay&Column

     

    北斎と歌麿、蕪村に若冲。そして春町、政演。

    先だっての朝日新聞土曜日版に「好きな江戸の絵師」が載っていた(2015年11月21日、「beランキング」)

    思わず知らず、ニヤリとしてしまった。

    1位は北斎。2位が広重、3位光琳、4位宗達。5位に歌麿、僅差の6位で若冲とくる。

    いずれ名うての絵師たちばかり。順位に関して、どこかでブーイングが飛んでいるのかもしれないけれど、贔屓の引き倒しは大いにけっこう。とはいえ、私は「なるほど」とうなずいた。ほかにもベスト20には応挙、写楽、永徳、等伯らの名が。暁斎や蕭白が入っているのはシブい。

    実はいま、来春刊行をめざして江戸の絵師や戯作者がテンコ盛りの小説を書いている。

    この2年、あっちこっちのミュージアムや展示会に足を運んだ。画集も薄っぺたな財布をやり繰りして買い込んでいるし、研究書には律儀に眼を通している。

    怖い恐い妻が、もともと美術&博物館好きなので、よく一緒に絵を観て回るようになった。かような傾向と対策は、倦怠期にどっぷりはまった中年夫婦の仲を、表面上は取り繕ってくれます。アート、イズ、ベリ、グー!

    私、知命の齢をこすこと5年目、ここんとこ視力のシニア化が著しい。その要因は、やはり、たんと細かい字の本を読み漁り、絵画の隅々まで舐めるように眺めておる結果だと思う。いや、違うのかもしれないのだが、そっちの説を採用するほうが、ブンガクシャとしてカッコイイので。

          ※

     拙い江戸絵画の初学者の私が「好きな江戸の絵師」を選ぶとしたら――1位が同率で歌麿と北斎。

    歌麿の描くオンナ、これほど色っぽく艶っぽくスケベなモンはございません。

    『婦人相學十躰 浮気之相』なんて、色香の極み。こんな年増に、かような流し目で微笑んでいただけたら。妄想は無限に膨張していく。歌麿の女絵には、そういう凄まじい力が内包されている。

    一方の北斎。風景、人物画ともオールマイティーな絵師というのは定評あるところだけに「この一枚」が選び難い。

    何より北斎の画業一本、画業奔走の生き方が強烈で魅了される。「画狂老人」の名に刻んだ覚悟と実践。北斎の残したすべての絵、彼の歩んだ人生が一体化して太い幹の高木となり、伸びた枝枝からたわわな実がなっている。

    歌麿とは、うまい酒を交わして悪所に、なんて仲が理想。でも相手が北斎だと、彼の自宅(90回以上も引っ越したそうだし、その居場所のどこもが散らかし放題だったという)に乗り込んで、朝まで生き方やらゲージュツを熱く熱く語りあいたい。

    私は歌麿の写しだす女に惚れ、北斎の人間に惚れた。

     3位も同率で若冲と蕪村。この2人、生きた時代も同じなら、京都で住んでたところもごく近かったらしい。でも生涯、彼らが交わった痕跡はない……ホントかね。ううむ、私なら町内に有名小説家がいたら、意地でも尋ねていったりしないだろうから……。

    先般、サントリー美術館で開催された若冲と蕪村展では、妙に似たタッチの作品があって興味深かった。

    実のところ、奇想や写真という側面からライトを当てれば蕪村は若冲に遠くかなわない。だが、蕪村の飄逸の風情は独壇場といってよかろう。さらに、蕪村には詩人の側面があって、そのリリシズムが色濃く絵画に反映している。

     

    春の海ひねもすのたりのたりかな

     

    この絵画的風景。きらめき、ひらめき、ひろがりといった光の強弱。青を中心にさまざまな色目が重層するすばらしさ。ついでにいえば、私にはサンタナの「ソング・オブ・ザ・ウインド」が聴こえてくる。

    蕪村には色彩のセンチメント、たゆとう感だけでなく音楽性、さらにはユーモアが満載されている。この味わいが生きた絵画作品には、若冲だってお手上げだろう。

     さてさて、第5位にはまたまた同率で恋川春町と北尾政演(山東京伝)をあげたい。

    春町は明和の時代、黄表紙に大人の読み物という新たなスポットライトをあてた。

    政演は天明、寛政で春町のあとを受け草双紙の第一人者になった。

    二人の戯作者は文・画とも自作自演し、ユーモラスで味のある絵を描く。絵師としてのメインステージは草双紙の挿絵。

    草双紙というのは、いまのマンガと同じ位置づけと思っていただいてけっこう。マンガの命は、やっぱり絵。そこにストーリーやネーム(台詞)が乗っかって作品を構築する。草双紙も見開きごとに挿絵がドンッと展開し、その余白に文章が書きこまれているという按配。挿絵というより「主絵」。

    江戸時代の読者の多くは文字なんてすっ飛ばし、絵だけ眺めてたんじゃないか。文章を読むとしても、ハナクソをほじりながらだったはず。春町と京伝には、そういう状況であっても読者を魅惑せしめる画力がある。

    それほど、草双紙の「主絵」にはたくさんの情報が盛り込まれていた。柱絵、着物の紋、道具類など些末な部分に、登場人物のモデルがうがってある。当時の流行り物や風俗、庶民の意識なんぞも託された。いまとなれば、専門家でも何のことだか分からないナゾがひそんでいる。

    ちなみに春町は、狩野派の流れをくむ烏山石燕の門下で歌麿の兄弟子にあたる。

    政演は北尾重政の一門。重政は現在でこそ知る人ぞ知るという存在だが、江戸では「錦絵の名手」と謳われる浮世絵界の親分だ。

    浮世絵といえば一枚絵や狂歌絵本に想いがいくし、実際そういった錦絵(多色摺り)に銘品は多い。だがモノトーン、しかも紙と墨がとびきり粗悪で臭ったから「臭双紙」ともいわれた。こんなメディアで、有名な浮世絵師たちが腕を競った事実を知っていただきたい。北斎、歌麿だって例外ではない。

     

    北斎と歌麿、蕪村。そして春町に政演。

    マイフェイバリットの江戸の絵師を並べてみると全員が反骨と奇矯、独自の美学を絵筆の軸としていたことに気づく。

    偏物の私が惹かれるのは、まあ、仕方ないことでありましょう。

Comments are closed.