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おさけの「気」のご縁

2016年は月に数回、酒蔵をめぐる日々でした。

「いっぽん!! しあわせの日本酒」は私が掲載する酒を決め、蔵にアポイントをとり取材し原作を書きます。

掲載後の連絡やケアをはじめとするアレコレも私の大事な仕事。

当然、お酒はもとより蔵元や杜氏との関係は密になります。

酒屋万流――醸せし酒、蔵元や杜氏の人柄はさまざまですが、どこでも例外なくあたたかく迎えていただきました。

取材を終え帰途につくたび、ありがたいと感謝することしきり。

「さけ」の「さ」は神さまのおわす尊い座、「け」はまさに「気」。

こう教えてくださったのは、やはり日本酒がご縁で知己を得た宮司さんや酒屋さんです。

2015年11月から2016年12月までのおよそ1年で25もの、ありがたいご縁と結ばれました。

実をいえば、すでに取材を終え掲載を待つばかりの蔵もあって合計29……。

年末「いっぽん!!」は私の手の届かない「理由」により休載となってしまいましたが、お酒の「気」の深さ、太さは変わりません。いえ、変えてはいけない。

この気持ちをいっそう強く心に抱きつつ、また日本酒のご縁とつながる日が近いことを祈っております。

 

マンガ『いっぽん!! しあわせの日本酒』コラボのお酒! 発売

グランドジャンプ連載の『いっぽん!!』で、かなり大胆なことをやらかしました。

栃木の銘酒『澤姫』とコラボして、オリジナルのお酒を皆さまにお届けすることに!

『澤姫』は私にとって、かけがえのない酒。好きな酒は数多ありますが、惚れた酒はそうそう多くありません。

おまけに蔵と蔵元、杜氏に信を置くとなれば自ずと数が決まってきます。

「『いっぽん!!』の限定バージョンの酒、チャレンジしてもらえますか」

私が『澤姫』の蔵元&杜氏の井上裕史さんに懇願したとき、彼は巨躯を揺らし応えてくれました。

「やりましょう! 米は『とちぎ酒14』、水は『鬼怒川系伏流水』。これを生酛で仕込みます。そして、酵母は『栃木酵母TND42』、この組み合わせは、蔵として初の試みになります」

このところ、私は生酛づくりのお酒にぞっこん。

それもこれも『澤姫』のお酒を呑んだこと、さらには『新政』のテイストの進化ぶりに驚いてからのことです。

生酛づくりは、江戸時代後期に確立した酒づくりのノウハウ。

長らく一部の蔵でしか伝承されていませんでしたが、ここにきて多くの蔵がトライしています。

(う~ん、日本酒ってセールスアイテムが少ないので、油断しているとすぐブーム化してしまうのです)

でも井上さんや新政の佐藤祐輔さん、古関弘さんたちは古色蒼然としたお酒を醸しません。

「いま」のテイストにあった、とびきり上質の、うまい酒を醸してくれます。

 

さて――『澤姫』の井上さんは2016年の6月現在、42歳。

弱冠25歳で、父祖が興した蔵の杜氏代行となった、昨今の若手蔵元・杜氏ブームの先鞭者でもあります。彼の真価は「伝統と改革」をきちんと踏まえている点。最年少で南部杜氏として認められ栃木県制定の新資格『下野杜氏』の第一期認定者にも選ばれた酒造家です。

2010年にはIWCで見事チャンピオン酒に輝きました。

「やっぱり地酒という以上は、オール栃木の原料で醸して勝負してみたい」

うまくてガンコだけど、進歩を忘れない酒、それが『澤姫』。

いっぽん!! にとって最高のパートナーだと信じております。

 

FM PORT   「はずのみ」に出演 (にいがた県民エフエム)

2016年3月11日から3月いっぱい、毎週金曜日16時からの「はずのみ」に出演しています。

ホストは北雪酒造の羽豆史郎社長、そしてナビゲーターは立石勇生さん。

北雪酒造は「いっぽん!! しあわせの日本酒」でとりあげた鬼夜叉の醸造元。

新潟市内のお寿司屋さんで、ホントにお酒を呑みながら日本酒の在り方、これから……

好き放題にしゃべってまいりました。

ラジオは何度か呼んでいただいているのですが、うまい日本酒(もちろん北雪のお酒!)を呑みつつ語るのは初めての経験。それでなくても、熱量の多い男なのですがさらにさらに暑苦しくなっております。

まあ音楽でいうと、ズルムケの70年代ファンクのような、ウッドストックのサンタナのような(わかる方には、ご理解いただけると思います)

羽豆社長もかなりのカロリー放射の方なので、もう番組の温度湿度たるや……

でも、けど日本酒のこと真剣に語りました。

まとめ役の立石さん、お疲れさまでした。

 

 

 

マンガ「いっぽん!! しあわせの日本酒」連載スタート!

2015年11月18日発売の『グランドジャンプ』で日本酒マンガを連載しています。

東京郊外の独立系(繁昌していない…)百貨店のデパ地下、貧弱な酒販コーナーを舞台に、

紗々という24歳の若手が日本酒とかかわっていきます。

日本酒は酒屋万流。必ず、この日本のどこかにあなたに最適のいっぽんがあるはず。

紗々と一緒に、日本酒の旅へ!

 

 

 『吉本興業の正体』文庫版

単行本が出たのは2007年4月16日。

そしてこの年、版元の草思社に騒動があったり、本書を出版後に「吉本お家騒動」が起こったり。

実に暑苦しくも厄介な事々が雪崩のように攻め寄せてきました。

あれから8年、私にとって3冊目の文庫本が『吉本興業の正体』という巡りあわせ。

(そんなこんなの時間的経過に関しては、文庫版の「あとがき」に書きました)

余談すぎるのですが――先日、ある週刊誌の若い編集者とご挨拶交わしたとき、

「出版社に入る前、果てなき渇望と吉本興業の正体を買いました。その著者と逢えるなんて!」

なんて告白され、私も嬉しい&ありがたいだけでなく、不思議な気持ちになりました。

決して著作の多い作家ではないだけに……これはかなりの確率かも。

『果てなき渇望』に関しては、このページの下段に書きましたから置いといて。

『吉本興業の正体』には、吉本を通じて私の故郷である大阪を描こうという企てが隠されています。

なんと6年もかけて取材し、執筆しました。

この分厚い本を世に送り出せた原動力は、いまもケッタイでナンギな存在であり続ける「大阪」に他なりません。

 

 

『50歳を過ぎても身体が10歳若返る筋トレ』

私がはじめて書き下ろした新書です。

『果てなき渇望』の掌編で新人賞をちょうだいしたのが1998年、それをベースに長編を書いて単行本化されたのは2000年ですから、筋トレのことをテーマにするのは久久ひさしぶり。

まさか、また筋肉のことを書くとは思っていなかったのですが、ソフトバンククリエイティブの編集者・依田弘作さんに薦められ(というか、彼がチャッチャッと見事に企画を通してくださっ)たおかげです。

内容は『果てなき渇望』のようなハードコア・ボディビルではなく、中高年からそろりと筋トレをはじめようという方々にむけての、きわめてソフトコアなもの。その意味では、『筋肉おやじとアブラミくん』(しりあがり寿さんとの共著・マガジンハウス)に一脈通じています。美魔女やダイエット、サプリメントなどのトピックなんぞは、エッセイ感覚で読んでもいただけるはず。

何より、私自身が50歳をこえて(この原稿を書いてる時点で54歳と2カ月ほど)、トレーニングに対する想いに変化が生じたところをペンに託しました。

ミドル、シニアというのは人生のシーズンでいえば晩夏から秋。萌えいずる春でも、若葉しげれる夏でもない。そういう季節に、己の肉体と正面から向き合って、じっくりと対話することは、とても有意義だしオモシロイ。3カ月で成果を出すという類のことでなく、一生をかけて筋トレを通じて「自分」を探っていく――ここにこそ、意義があるのです。

シワは増えても、ぜい肉増やすな。

髪は減っても、筋肉減らすな。

 

 

『果てなき渇望』

私が10年近く勤めた広告企画会社を辞し、念願の物書きになったのは1994年のことです。

その当初から、ボディビルを題材にした作品を書くつもりでしたし、実際に習作めいたものに挑戦もしています。この作品が活字になるまで4年、単行本化されるまでには6年の歳月がかかっているわけで、われながら牛歩と苦笑してしまいます。しかも、その癖はなかなか改善されておりません。

初期の頃は、てっとり早く自分の経験を書くつもりでした。実際、私は25歳あたりから30歳くらいまでボディビルに耽溺した時期があるからです。己の肉体を鍛えるという作業は、会社勤めがつらくて、人間関係がうっとうしくて、自分というものを扱いかねている日々をたすけてくれました。でも、いざ文章にするとなると、まだ当時の私には自己を相対化するだけの技量をもっていませんでした。

そんな折、草思社の藤田博さんをご紹介いただきます。藤田さんとは以降、数々のお仕事をご一緒することになるのですが、私の資質やテーマ性を本当によく理解していただき感謝にたえません。

私はボディビルダーとしては取るに足らない存在です。そんな私にとって、憧れであり、肉体鍛錬の成果の代弁者となる人々を取材し、文章にするという方向性を与えてくださったのは藤田さんでした。

以降、実にたくさんのボディビルダーを訪ねる旅が始まりました。お逢いした人たちはすべてが、日本でアジアで、世界で闘った超一流のコンペティターばかりです。その中からよりすぐったメンバーの話が単行本には収めてあります。もちろん、取り上げることはできなかったけれど、お話を伺えたビルダーたちのエッセンスも。

その白眉はステロイドビルダーの「彼」であり、女性ビルダーの高橋明美さんや西本朱希さんたちです。

ことに「彼」は、私がついぞボディビルで乗り越えることができなかった壁をことごとくクリアしていました。圧倒的な肉体だけでなく、彼の精神や悪魔的な選択、決意、後ろと振り向かぬ態度、高い知性と教養に私は深く感銘しました。狂気という言葉を安易に使ってはいけませんが、「彼」には毅然として真摯な狂気が宿っていました。

「彼」との出会いが『果てなき渇望』を書かせてくれたようなものです。そして、このタイトルが以降の私の諸作品を貫くコンセプトともなりました。

この本以来、10年以上かけて合計9作のノンフィクション作品(しかし、数が少ないなあ)を上梓するわけですが、常に「デビュー作を超えた対象」探しに苦悶することにもなりました。

 

『うまい日本酒はどこにある?』

現時点において、最も短期間に取材し、最もテキパキとペンを進め、単行本になった作品です。

だけど、決して手を抜いてはいません。30歳を少しこしたくらいから、温泉やら大阪の亡くなった祖母がこさえてくれた惣菜やら、マッサージやらが心底ここちよくなってきました。それに合わせて、私のお酒の嗜好は蒸留酒から醸造酒へ、最終的には日本酒へと注ぎ込んだのです。

日本酒ことに燗酒をお気に入りの酒器につぎ(そんでもって、口からお迎えにいき)いただくのは、日本人に生まれた至福というものでありましょう。夏なら窓を開け放って涼風をうけ、冬ならコタツで背を丸めて。もちろん、おいしいアテは不可欠であります。

しかし――。

「日本酒がえらいこっちゃなんです。1974年からずーと落ち目で、日本酒の蔵が毎年どんどん潰れていってるんです!」

私がコメカミに青筋たててまくしたてるのを、草思社の藤田さんは黙ってきいてくださいました。

「わかりました。日本酒の現状、やりたいように取材して書いてみてください」

この業界は本当に悲惨でした。その内実はたっぷりと本に書きましたが、一方では危機感を募らせ、うまい酒を醸し、売り、客に供することに専心することで復活を期する、すばらしい人たちとも出会えました。

彼らはまさしく「果てなき渇望」を抱いていたのです。

この本の出版に先立っては、草思社が出版していたPR誌の「草思」に連載させてもらいました。

取材自体がスリリングだったし、書くことはもっと愉しかった。ただ、日本酒のおかれた状況は本当に危機的で「早いこと出版せなアカン」と焦っていたので、取材開始から1年半ほどで上梓しました。

日本酒の陰に見え隠れする日本の社会の現実をボヤきつつも、酒の現場で考え、悩んで想ったこと――そういう事々が醸され、一冊の本になりました。幸せであり、ありがたいことです。

私にとってはデビュー作と同じく愛着ある本です。