夏の酒「かち割りまんさく」

 日の丸醸造がある秋田県横手市増田町の夏は、いい意味でのんびりとしている。

暑気、陽光とも〝夏らしさ〟の案配がよく、ひどくバランスの崩れた過激さにゲンナリすることはない。秋田の気候の妙味は「まんさくの花」の味わいにも通じているように思えてならない。

 地酒の語意を探っていけば、やはり気候風土にゆきつく――。

 今年も「夏酒」のシーズンがきた。

 夏まだき、ようやく行動制限のないゴールデンウイークが終わったばかりだというのに。

とはいえ日本酒業界は五月下旬ともなれば「夏酒」の売りこみに余念がない。乱立する日本酒の夏商戦、日の丸醸造も手をこまぬいてはいられない。

 令和四年の夏は、まず「かち割りまんさく」をぶつけてきた。


 日の丸醸造の次代を担う佐藤公治専務は語る。

「まんさくの花には、たくさんの季節商品がありますが『かち割りまんさく』はそのさきがけ的な存在です。私が蔵に戻ったのは11年前のことですが、もうこの酒がラインナップに入っていました」

 夏といえば「かち割りまんさく」! 

ゴールデンウイーク前には、蔵のスタッフ全員が「今年も夏酒のシーズンが来る!」と気合たっぷりだそうだ。

 この酒には二つ特質がある。再び佐藤専務の弁をきこう。

「ロックを提唱する酒だけに、氷の溶ける分も計算に入れて18度という、今日の日本酒市場はもちろん当社のラインナップでも高めのアルコール度数に設定しました」

 酸度やアミノ酸度がやや高いのも同じ理由から。

 おかげで、氷を浮かべても、酒がへたったりしない。


「もうひとつは醸造用アルコールの添加です。『かち割りまんさく』はじっくり寝かしたタイプではなくフレッシュな酒。アタックが強くなり過ぎないよう、アルコール添加でマイルドさを出しました」

 アル添の是非を書くには紙面が少なすぎる。ただ、記しておかねばならないのは、「かち割りまんさく」のアル添にきちんとした理由があるということ。

「ドライな風味を強調しながら、トータルバランスを崩さぬよう最小限度のアルコールを添加しました。お酒の水増しはもちろんですが、味わいの設計のまずさをカバーするための添加でないことをご理解いただきたいです」

 ちなみに日の丸醸造が手掛ける酒の95%近くが純米酒。アル添の酒は希少なものになっている。

「かち割りまんさく」を堪能するには、酒と氷があればOKというわけにはいかない。

 器は広口のタンブラーかロックグラスが望ましい。

模様、カットが施されていてもいいが、ある程度の透明度は確保していただきたい。私はここぞとばかりにダイニングボードからバカラのロックグラスを持ってきた。

 氷については、いわずもがな。冷蔵庫の製氷機では、あまりに味気ない。面倒でもコンビニへ走るか、タッパーに水を張って四角い氷をつくりアイスピックでガシガシ割るべし。


 グラスを用意し、かち割り氷の形やサイズをみつくろって三つ、四つ。

 とくとくと「かち割りまんさく」を注ぐ。日本酒を浴び、氷の表面を覆う霜はさっと消えていく。

 やがて氷は日本酒にとっぷりと浸かる。

 氷山さながら酒の海に、氷のてっぺんだけがみえる。

 グラスはしっとりと汗をかき、そっと揺らせば氷がカラコロと鳴る。

 

 さっそくグイッとやりたいところだけれど、そこをグッとこらえる。

「かち割りまんさく」と氷、グラス……南氷洋やアイスランド東岸に佇んで氷山を眺望する心境に浸っていただきたい。

 盆栽、水石、箱庭にも通じる、小さなグラスの世界から奥行きをもって広がっていく情景。ここに一服の涼、一篇の詩情、夏酒の醍醐味がある。

 おもむろにスマホを構えパチリ。インスタ映え間違いなし。グラスの横には「かち割りまんさく」の瓶を忘れずに。「いいね!」も倍増するというものだ。

                   ※

「かち割りまんさく」は、なかなかのストロングぶり。

 口に含めば重量級ボクサーのパンチよろしく濃淳な味わいがズドンとくる。初手からのキリッとした辛さがいい。東京や大阪の獰猛で容赦のない暑気に対抗するにはうってつけ。

 だが「かち割りまんさく」はドライで武骨なだけの酒ではない。

 辛さの裏には甘、酸、苦、渋、薫といったさまざまな表情が織りなしている。

 ふた口には甘と酸がたってきて、グンとうまさも増す。

 しかもこの酒、濃密ながらアフタートーンはくどくない。

 きれいで上品、スマートな酒に仕上がっている。

 そして、こういった深い味わいは「かち割りまんさく」だけでなく、日の丸醸造の酒に共通する美点だと強調したい。


 氷と酒のバランスは、日本酒ロックの愉しみでありムツかしさでもある。

 私は迷わずクイクイッとグラスの半分ほど呑んだが、キンッと冷たい喉ごしだけでなく溶けた水の存在を強く感じた。

この微妙に薄められた風合いが、日本酒ロックの是と非を分けるラインになりそう。

 残りの「かち割りまんさく」を口に運んだら〝かなり〟薄まったような……「これはいかん」なんてつぶやきつつ、酒を追加してしまった。

 日本酒ロックを堪能するには、呑み手が好みの味わいをみつけ、絶妙のタイミングをはかるしかあるまい。燗酒なら、熱燗から人肌燗にゆっくり温度が下がるにつれ風味も微妙に変化する。日本酒ロックの場合は、それが酒の強弱、濃淡という根幹部分に波及するからご注意を。氷がぜんぶ溶けてしまうと、これはもう抜栓した時とは別の酒になってしまいそうだ。

「かち割りまんさく」を抜栓した夜、わが家は息子が仙台出張で買ってきた牛タンを焼いた。意外に獣脂たっぷり、コリコリとした舌ざわりの肉と「かち割りまんさく」のコンビネーションは抜群だった。

濃い味わいの酒には、こうしたクセのある食材があう。

冷えた酒が脂を流し、牛タンの熱もとってくれるのもありがたい。

 家族そろって、秋田のお国訛りを真似してしまった。

「かち割りまんさく、うめがったんしー!」

 

 余談ながら、この酒には「漢のかち割り」という暴れん坊の弟がいる。

 大雑把にいうと「かち割りまんさく」に炭酸充填を強行、爽快感のみならずドライさ、パンチ力を強化したツワモノだ。私、密かに「漢のかち割り」もまた夏酒の歴史に名を刻む逸材と睨んでいるのだが――。佐藤専務は苦笑交じりでいっていた。

「あの酒はいろいろ議論を巻き起こしておりまして……今年も出すかどうかは現時点で未定です」

 盛夏には〝かち割り兄弟〟が揃い踏みすることを期待しつつ、まずは日本酒ロックを堪能するとしよう。