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『たわけ本屋一代記 蔦屋重三郎』もうひとつの「あとがき」
本作は夕刊タブロイド紙「日刊ゲンダイ」に週日(祝日は休載)123回にわたって書き綴った作品を 1カ月半ほどの超のつく急ぎ仕事で再校正、加筆などを行い刊行に至りました。 まず新聞連載、しかも週日&6カ月という期間は私にとって初めてのこと。...
永い夏
同志社大学に通っている頃、滋賀の彦根へ遊びにいった。 湖国の夏は京都や大阪に負けず居丈高、琵琶湖の水がほとんど蒸発してしまっているのかと勘ぐりたくなるほど多湿、半袖シャツがべっとりと肌にはりついた。 「あづい」 「つ」に濁点をつけたくなるほどの暑さだった。...
夏の酒「かち割りまんさく」
日の丸醸造がある秋田県横手市増田町の夏は、いい意味でのんびりとしている。 暑気、陽光とも〝夏らしさ〟の案配がよく、ひどくバランスの崩れた過激さにゲンナリすることはない。秋田の気候の妙味は「まんさくの花」の味わいにも通じているように思えてならない。...
デュエイン・オールマンの追憶 1
1996年、私が36歳になった夏、アトランタでオリンピックが開かれた。 このとき私はプロの物書きになって2年目、スポーツにかかわる記事を書くことが圧倒的に多かった。女子バスケットの中川文一監督を筆頭にレスリング、陸上競技などでぜひ取材したい対象がありジョージア州へ向かうこと...
デュエイン・オールマンの追憶 2
ホテルにつき、荷物を解いてまずホテルのスタッフに訊いたのがこれだった。 「デュアン・オールマンの墓にお参りしたい! 道順を教えて!」 ところが全然通じない。 冷や汗を流しながら、なんども「デュアン」を連呼するも事態は収束とはほど遠い。なんとか筆談に持ち込んだら、ようやくスタ...
デュエイン・オールマンの追憶 3
私の拙い英語だけれど、思いっきり感情過多なDUANEに関する熱弁に、ホテルマンは眉をすっとあげていった。 「うん、そんなにファンなのか。 ぜひ参ってやってくれ、デュアンじゃなくてデュエインの墓にね」 まさか本場で「デュエイン」と発音するとは知らなんだ。...
デュエイン・オールマンの追憶 4
デュエイン・オールマンがねむる「ローズ・ヒル・セメタリー」は広大だった。 ゲートでも、デュエインのお墓の位置を記した印刷物をくれた。 にもかかわらず。 私は道に迷ってしまい、どんどんあらぬ方へ行ってしまった――。 ほとんど確信的にこりゃダメだと観念し、折よくお墓参りしていた...
幼い兄妹
立春が近いというのに、プラットフォームに吹く風は冷たい。 私は両手をポケットに入れ、「人生無常なり」という面持ちで電車を待っていた。 と、小学2年生くらいの男の子が前にちょこちょこっと出てきた。 続いて、幼稚園の年長さんほどの女の子が――この子はすっと腕を伸ばして男の子の...
ビーがいた日
人生に寂寥あり……こう、つぶやくたびに私は想う。 ――ネコを飼いたい。 おっと失礼、ネコに同居していただきたい。 もう30年以上も昔のことだ。 「ええのんが、めっかりましたで」 懇意にしていたアサイ電器のおやっさんが、 細長い襟巻をくしゃくしゃに丸めたような塊を...
澤田酒造と「白老」をめぐって(上)
人の世というのは、思いもよらぬことが起こってしまう。 椿事、兇変というのは、このことだろう。 2020年11月27日の金曜日の昼時、日本酒「白老」を醸す澤田酒造の麹室が全焼してしまった。 この日の、ちょうど同じ時刻。...
澤田酒造と「白老」をめぐって(中)
澤田酒造が見舞われた火災について書いていたのに、話が少しそれてしまった。 ぼちぼち、少しの時間なら火事のことをきかせてもらってもいいだろう。こう思って電話をかけたのが2020(令和3)年12月の初め。澤田副社長はすぐに出てくれたものの、その声はさすがに翳りをおびていた。...
澤田酒造と「白老」をめぐって(下)
明けて2021年、火災から数カ月が経った時点で、改めて澤田副社長と話した。 「皆様のご好意と善意には心から感謝しています。ボランティアの方方も多数駆けつけてくださいました。まずは屋根の復旧に着手して、1月21日からは仕込みを再開させました」...
大分紀行「フグの至福」
春、4月。大分市へいってきた。 「フグ、もうシーズンは終わったけん」 ふらりと入った寿司屋でコワモテの若い板前がいった。私はピクッと片眉を動かしたものの、沈着さを失わずにお勘定を払った。 だが、そのときの胸中たるや――。...
改めて、壇一雄。
小説家は布団から這いでると、 まずビールの小瓶を手にする。 唇の泡をぬぐい、ひとごこちつけば、 おもむろに買い物かごを腕へひっかけ市場へ繰りだす。 作家は分厚いメガネの奥を炯々とひからせ、 食材えらびに熱中、帰宅と同時に 盛大なる精力をもって料理にとりかかる――...
スズメの親子
今朝も、小さな庭がかまびすしい。 息をこらし、そっと、そ~っとカーテンを引く。来訪者たちは窓越しであっても、人の気配を感じるといっせいに飛び去ってしまう。あくまでも、どこまでも、慎重に。 スズメに餌をやるようになって、半年ちかくになろうか。レンガ色をした、ちっちゃな素焼きの...
母と俳句
久しぶりに大阪へかえったら、母が原稿用紙を差しだした。 彼女はおだやかな顔つきをしている。 自信満々で鼻息があらいわけではないし、頼りなく情けない出来ということでもなさそうだ。 「数だけはぎょうさんつくってるんやけど、まあこんなもんかいな――ちゅうところやわ」...

作家 増田晶文 Novelist; Masafumi Masuda_Essay
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